実践総合農学会  
 

home  |  お問い合わせ

 

- -  活動案内 - - - - - - - -

    会長の挨拶
    学会の目的
    活動概要
    役員
    出版物
    ニュースレター
   ● 関連リンク

  入会案内

  学会誌のねらいと構成

  学術論文投稿規定

 ● 投稿原稿執筆要領

 ● 投稿票



   
 
 
 

<実践総合農学のリーダーインタビュー>東京大学名誉教授 山崎耕宇
 

Q  先生は,どうして農学に一生をかけようと思ったのですか?
A  私は東京生まれ・東京育ちの山の手っ子です。昭和25年に東京大学教養学部理科U類に入学しました。理Uを選んだのは,理学部の植物学科に進み博物学的または生態学的な植物学を勉強したかったからです。しかし,当時の理Uをめぐる生物学の動向は,要素分析的な研究方法を主流としており,自分の目指した方向ではありませんでした。ガッカリしていたところ,進路ガイダンスで農学部の戸苅義次先生の話を聞き、本来自分が目指していたのは「農業に関わる植物学」であることに気づき,農学部へ進むことを決意しました。
 

Q  農学部ではどのようなことを学ばれましたか?
A  大学ではまずイネを専門に勉強しました。特にイネの生態・形態に興味を持ちました。大学院では自由放任主義の野口弥吉先生に師事し,自由に自分の好きな研究をさせてもらいました。テーマは「イネの葉の形態形成」で,イネの葉の形の成り立ちを,生育環境と関連づけて詳細に研究しました。自由に研究できるということは,一方ではすべてを自分で切り拓いていくということで,ずい分悩み右往左往しましたが,栽培条件や環境変化に対するイネの葉の成長反応を細部にわたって観察記載することを通じて,葉の発育の秩序およびその変動要因を明らかにすることができ,何とか学位を取得しました。
 

Q  先生は,イネの根の研究で有名ですが,どうして根と出会ったのですか?
A  それは,川田信一郎先生との出会いがきっかけです。野口先生の後を継いで講座を担当されたのは川田先生で,私は川田先生の助手になりました。川田先生は野口先生と異なり,ご自身の方針を強く打ち出して研究室を運営された方で,当時研究室を挙げて取り組み始めたテーマが,イネの根の研究でした。根は土と作物体地上部との接点です。根の生育する土は播種に先立って耕され,あるいは水や肥料が与えられるなど,さまざまな農業技術の操作が加えられる場です。その影響はまず根に現れ、最終的には収量におよぶというわけです。「根は縁の下の力持ちであり,縁の下の力を研究すればイネ,さらには農業生産がわかる」というのが先生の信念でした。
   また,土と作物体の結節点である根の研究は,実験圃場ではなく現実の農家の水田から出発しなければならない,というのも先生の信条でした。そのため,大学院を終えた私は全国各地の農村を回って,農家の水田で根を観察することから研究を勝目真下。これが,私の一生の研究テーマになりました。
 

Q  一体,根の研究はどのように行うのですか?
A  まず根の研究は,土の中で根がどのように成長し枝分かれして拡がって行くかを把握することから始まります。通常われわれの眼に触れない世界ですので,観察には手間がかかりますが,最も一般的に用いられるのは塹壕法です。これは根系(土中に張っている根群の総体)の断面がわかるように塹壕を掘り,断面の土を少しずつピンセットなどで削り取りながら,根をあばき出し記録していく方法です。土の物理性や化学性などによって変動する根系の深さや密度をありのままに観察できます。これらの観察と平行して,どのような栽培法がとられているかを農家からヒアリングし,観察した根系の形状と栽培法との関連を追及していきます。研究の最初の段階では,庄内平野で移植期から収穫期までの稲について1軒の農家水田を決めて,定点調査を行いました。湛水中の水田では塹壕法は使えませんので,この場合はモノリス法という方法を用いました。大きな鉄枠を稲株に沿って土中に打ち込んで根系を含む正方形の土塊を抜き取り,ネット上でていねいに土を洗い流して根系をあばき出す方法です。この他,研究の過程では目的に応じて,いろいろな方法を開発してきましたが,いずれの方法も大変な労力と時間を要する仕事なので,研究者一般から敬遠されてきたのが根の研究領域でありました。もちろんここでいう根の研究とは栽培研究としてのものであり,実験室的に行われる生理学的な根の研究とは異なるものであることは,断っておかねばなりません。
 

Q  どのような夢を持って大変な研究を行っていたのですか?
A  最近でこそ根の重要性を意識してこれを研究する人が増えてきましたが,当時も今も、根の研究は栽培研究の主流であるとはいえません。根の研究では,ある日突然の大きな発見に出会う,といったチャンスも多いとはいえないでしょう。調査の積み重ねを繰り返し,それら成果の総合によって,今まで不明であったことが次第に明らかになっていくのです。しかし,経験を積み重ねてくると,根をみることによって,その作物が発芽してからたどってきた生活史をよみとることができるようになります。こうなると他の研究と同じように,「発見のドキドキ感」を味わうこともできようというものです。根系の形態を通して,農家の栽培法を推理する楽しみも生まれてきます。たとえばこんなことがありました。それはある農家での調査の折,イネの根の形状変化からの推理によって,その農家の除草剤撒布の時期をピッタリ当てることができた時のことです。いうまでもなく,それまでの研究の蓄積がもたらした成果で,胸のすく思いでしたが,作業を傍観していた農家諸氏のビックリ顔は今も忘れられません。以後,この地域の農家の方々からは高い評価と信頼を得ることができ,”産学共同”の調査研究を順調に発展させることができました。
 

Q  研究蓄積が重要な分野ですね。ところで現在のような論文競争の時代にはなかなか若い 研究者はこうした研究に挑戦しないのではないでしょうか?
A  たしかに根の研究は大変地味でつらい研究といってよいでしょう。稲1株から発生する2000本を越す1次根の戸籍を丹念に調べ上げ,その成果をまとめ上げるには何年もかかりました。しかし誤解のないように付け加えておきますと,現場における調査だけに終始していたわけではなく,これと平行して同時に,その結果を解析して問題点を抽出し,これを検証するという作業を実験圃場やポットを用いて繰り返していました。現場の調査結果だけでは学術論文とはなりません。むしろ現場からの問題を解析検証した結果が論文になったといえるでしょう。決して多いとはいえませんが,根の研究にたずさわった約40年の間に,このようにして100編近くの論文(大部分は共著)を公表することができました。
   現代の高度に専門家した時代にあって,私が行ってきたような縁の下の力持ち的な研究を押し付けるつもりはありませんが,研究者それぞれが,自らの研究について明確な位置づけを行っておくことは何より重要なことだと思います。私の仕事では,現場から問題を見いだすことを通じて,農業問題全体を考える視点と,みずからの研究のあり方を学んできたように思います。これが強い使命感となって研究を推進させる力になりました。最近のように論文競争が激しいあまり,全体を俯瞰的にみる視点を欠いていきなり狭い領域に問題を絞って蛸壺的な研究を行い,論文に仕上げるといった風潮に,私は大きな違和感をおぼえます。
 

Q  研究成果を現場でフィードバックする,あるいは学際的に研究するという視点は重要で すか?
A  現場をみるというのは、研究者が自らの研究についての立場を明確にする上でも,使命感を高める上でもきわめて大切なことです。たとえ最先端の研究をやっていたとしても、農業に関わる研究を行っている限り,現場へのフィードバックを念頭に置きながら,自らの研究成果を客観的に評価していくという視点が重要であると考えます。もちろん,その成果を性急に現場に役立てねばならない,ということではありませんが。
   また,研究者にとっては,異分野のいい仲間をつくることも,同じ意味で重要なことと考えます。同じ専門分野だと,どうしても関心領域がせばめられ,ライバル意識だけが強くなるおそれがあります。しかし専門が異なる研究者とのつきあいでは,お互いの専門を尊重しながら,自分の専門に欠けている知識や方法について,貴重な情報交換を行うことが可能になります。それぞれの研究を豊かにし,より高い視点から自分の研究を見直す絶好の機会ともなります。
 

Q  先生は東京農業大学のオホーツクキャンパスで産官学連携で重要な研究成果を上げたと 聞いていますが?
A クリックすれば拡大図が見れます。 私にとって東京農業大学のオホーツクキャンパスで過ごした7年間は,忘れることができない貴重な体験の連続でした。これには同キャンパスの小松輝行教授という異分野の研究者との出会いが大きく関わっております。小松教授は土壌肥料学や草地学を専門とされ,網走では現場での土壌調査や作物の生育調査を通じて,同地の農業の生産力の解明につとめられておりました。とくに網走地区の東部と西部では畑地生産力が大きく異なる問題を,それぞれの土壌型の違いと関連づけて研究を展開しておられました。私がオホーツクに赴任してからは,根をみれば問題の解明により効果的に近づけるのではないかという共通認識に達し,共同で塹壕法により各地区のコムギ,ジャガイモ,テンサイの根系を調べていきました。広大な農地をもつ網走の農家の方々は,それぞれの畑で気兼ねなく塹壕を掘ることを許してくれましたし,学生諸君の協力は絶大な戦力となりました。当初は単なる労力提供と考えていた学生もいたようですが,やがて根系研究のおもしろさがわかるとともに,積極的に研究に燃えるようになりました。またたく間に,数十という塹壕での観察結果がでました。
   その結果,各地区の土壌型の違いに対応して根系の発達が著しく異なること,またこれに対応してそれぞれの作物の収量も異なることが明らかになりました。網走の気象条件は年次変動の著しいことを特徴としますが,年次による気象条件の違いが,根系の発達にも影響し,これが収量の年次変動にも大きく関わっていることがわかりました。こうなると土壌改良などの具体的対策によって,生産力の向上を図ることも可能になります。私はすでに退きましたが,現在はこの方向へも着実に試験が進行しております。
   これらの研究成果は,定期的に開かれる報告会で農家の方々に伝えられました。当初,傍観的であった農家は次第に強い関心をもつようになり,自分の畑も掘って調べて欲しいという申し出が相次ぐようになり,網走市や農協からも資金援助が得られるようになりました。気がついたら、産(農家)官(市,農協)学(大学)の連携ができあがり,協力して試験研究を推進する体制になっていました。まさに実践総合農学のひとつのモデルではないか,といったら言い過ぎでしょうか。
 

Q  先生は実践総合農学会の進むべき方向をどのようにお考えですか?
A  私は今こそ横井時敬先生の言葉である「稲のことは稲に聞け」を出発点に据えることが大切と考えます。ここで「稲」という表現には,その背景に生産者およびこれを取り巻く自然的ならびに社会経済的諸条件のすべてが込められていると私は考えます。これこそ実践総合農学会の取り組むべき対象でしょう。
   現在の日本および世界の農業をめぐっては,数多くの難問が山積しております。食料の自給問題ひとつを取りあげてみても,どこに解決の糸口を見いだせばよいのでしょうか?あるいは食の安全・安心をめぐる問題や関連する環境問題のなかには,これまでの近代的農業技術に対する大きな批判が込められています。対案として提起されている有機農法などの環境保全型の農法の低生産性は解決可能でしょうか? これと世界の人口・食料問題とをいかに調和させていくことができるでしょうか? などなど,研究者に解決を求められる課題はきわめて複雑で多岐にわたります。
   これまでの科学技術の中心的な方法論であった要素還元主義だけでは,これらの諸問題に対処することは困難であると考えられます。複雑に絡み合う個々の要素を解きほぐしながら,一方ではそれらを総合して現場で検証するという往復運動を繰り返しながら,問題解決にアプローチすることが求められているのではないでしょうか。そのような探求の場が実専総合農学ではないか,と私は考えます。
   もちろんこのようなことは,研究者個人が単独でなし得ることではないでしょう。専門を異にする研究者が共同し,またさらに生産者や消費者とスクラムを組んで問題に対処することが求められています。実践総合農学会がそうしたスクラムを組む相手探し,すなわち出会いの場になれれば,従来の学会とは異なる独自の大きな役割を果たすことができるのではないでしょうか。
 

   
  (現:東京農業大学客員教授)
   
  聞き手:本誌編集委員長 門間敏幸
   
   

Copyright © 2005 SPIA All rights reserved. email to monma@nodai.ac.jp

〒156-8502 東京都世田谷区桜丘1-1-1 東京農業大学総合研究所 実践総合農学会

Tel 03-5477-2734 Fax 03-5477-2734