実践総合農学会  
 

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  <食農と環境の最前線レポートA> 

  
  
農家の力で地域をかえる
 

 

−角田市農業振興公社の挑戦−

角田とは?
   角田市農業振興農業公社がある角田市は,仙台市の南約40kmに位置し,阿武隈山地の北端に拓けた伊具盆地の北半分を占めている。阿武隈川が市の中央を貫流し,その他の河川,湖沼が多く,市街地を中心に約5,000haの田園空間が広がり,稲作を中心とした農業が展開されている。いまでこそ豊かな水田が続く角田市であるが,一昔前までは阿武隈川,内川の度重なる氾濫と,ヤマセの影響による冷害に多くの農民が泣かされてきた。
 現在,宮城県の農業関係者の多くが異口同音に「角田は面白い」「角田は素晴らしい」と絶賛する。しかし,統計で見る限り,日本全国どこでも見られるような他産業従事を中心としながら,米を作るという典型的な兼業中心地帯である。2001年度までの認定農業者数は個別経営142戸,組織経営体4組織である。2000年度の農業粗生産額は57.7億円で,その他の市町村と比較して突出した数字ではない。
 何が角田の素晴らしさなのか?
 それを知りたいと思った。
●現在の角田の活動を支える原点
   角田の素晴らしさの原点は,1965年頃に農林省が主導した地域農政事業への積極的対応が契機となっている。角田市では「角田市農業振興協議会」を結成して,行政と農協が一体で地域農業振興を実践した。ここでは,特に農協が積極的にこの活動を展開し,角田方式と呼ばれる様々な活動を行い意識の高い農家を生み出していった。その活動が「いのちを守る農業のまち」という基本理念に結実し,安全な農産物の生産拡大運動の展開を促した。全国に先駆け農薬航空散布の全面禁止,有機低農薬米の生産を行った。こうした活動の積み重ねの中から,自分たちの作物に責任を持つという意識,農業近代化路線からの自立を目指すという気風と気概をもった農家を生み出す原動力となった。
 こうした農家の増加は,安全・新鮮な農産物を核として地場流通の促進,産消提携を基本とした地域農業づくり,消費者との交流等多様な活動を誕生させた。特に目黒区民との交流は画期的であり,農協青年部による目黒区の小学校校庭のミニ田んぼでの田植え,稲刈りが1990年から実施されている。さらに,この交流は目黒区の子供達の角田への体験学習へと発展していった。
 こうした活動の中で,自分と自分のまわりの人や自然や生き物のために,安心できる環境を保持する,すなわち「共生」によって農業者の生活に自信と誇りを取り戻す活動の重要性を角田の農家は確信するようになった。そして,次の画期的な活動が生まれた。

●日本からアジアへ
 角田と深い関わりを長い間もってきた作家小松光一氏の指導により,1990年の真冬の角田に43名のアジア各国の農民が集まり,「アジアモンスーン稲作農民炉ばた祭り」が開催された。角田市農協青年部はこの事業を成功させるため,八方手を尽くして2000万円の予算を確保し,1300人もの参加者を集めるというとてつもないエネルギーを結集した。その努力は大きく報われ,アジアの農家の多くが近代農法の弊害,農村環境の悪化,後継者の流出,輸出農業の問題など共通の課題を抱え悩んでいることを理解した。そして,多くの参加者に感動を残すと共に,「市場原理でなく協同原理に基づく共存共栄の重要性」を確認した。
 炉端祭りをきっかけとして,角田農民の活動は国際的な視野で広がっていった。タイ・イサーンの農民のむらおこしの支援活動や技術交流(共育農場の開設支援,農業技術支援センターの設置と技術指導,ミシンを送り縫製産業の振興に貢献)が始まった。

●行き詰まりからの脱却
 こうした角田農民の努力にもかかわらず,角田農業を取り巻く情勢は角田の農民の努力だけでは押し戻せないほどのうねりとなって,角田の農業・農村を飲み込もうとしていた。貿易自由化による海外農産物との価格競争,さらには全ての農家を平等に守っていこうとする農政展開は,稲作専業農家の経営にきわめて大きな打撃を与えた。また,角田の農業・農村を支えてきた農協も経営難から広域合併を余儀なくされ,地域振興活動の核が失われてしまった。
 まさに背水の陣ともいうべき状況の中で,角田市は平成11年の「食料・農業・農村基本法」の制定を契機として,農家と関係機関が再び立ち上がり平成12年に「角田農業戦略プラン」を策定した。そして,その実践組織である「角田市農業振興公社」を立ち上げた。この活動を支えたのが,「アジアモンスーン稲作農民炉ばた祭り」を実現させた青年達。現在は角田の農業・農村を支える中核部隊となっている。
 この振興公社のユニークな点は,農家を会員とした社団法人として,農家が主体となった活動を関係機関が支援するという組織形態を採用した点にある。発足当初,100名前後の会員でスタートした公社は,年々会員数を増やし2004年3月現在の会員数は団体会員24名,個人会員145名と増加した。

農家主体の地域農業戦略組織,角田市農業振興公社が目指すもの
●角田市農業戦略プラン
 10名の農業代表者と10名の関係機関代表者が本音で論議し,自らの力,自らの言葉,自らのアイディアで作り上げたのが「角田市農業戦略プラン」である。ここでは,「暮らしを守る農業を創る」「農業を好きな人から発信する」「人材と英知を結集した地域づくりを行う」が基本理念となり,「あぶくま農学校」「トップブランドづくり活動」「自立した農場制農業」「地域循環農業確立」「多角的流通販売」という45つの行動戦略と5つのプロジェクトが結成され,実践活動が展開した。
 特にあぶくま農学校の活動は,公社の活動の中でも強烈な社会発信意識と使命感をもったユニークかつ先駆的な活動である。その活動の基本は,@世代を結ぶ学び,A都市と農村を結ぶ学び,B拓かれた農業空間を生み出す学びの場,として構想されており,様々な活動が組織化された。その代表的な活動が,「土の塾」と「風の塾」である。新規就農者支援を目指すのが「土の塾」であり,2001年から開始された。参加者は2001年8名,02年10名,03年29名,04年19名と着実に増加している。参加者の年齢構成,目的も様々であり,必ずしも新規就農者の顕著な増加に直結するものではないが,非常に大きなインパクトを各方面に与えている。地域の後継者を育てる「風の塾」は,塾生である14名の角田農業の将来の担い手の自主的な企画活動を中心に展開しており,塾生の資質向上を実現し,次の世代の活躍を期待させる。

●どんな効果を生み出したか
 農業経営者を中心とした社団法人として設立された角田市農業振興公社の最大の成果は,
なんといっても農家の意識改革と行動する農家集団を生み出した点にある。このことが,宮城県内の農業関係者が口を揃えて「角田はすごい」という言葉になって現れたのである。また,自らの力で地域を変え,社会を動かし,農的社会の創造による豊かな暮らしの実現を信じて様々な活動を展開している農家の存在は,角田市農業振興公社を支える専任職員の意識を変えると共に,支援者としての専門的知識,技能の飛躍的向上をもたらし,農家と職員が車の両輪となって地域づくりが進行している。
 第2の特徴はシンクタンク型組織としたため,時代の先をいく戦略的な活動の構想と組織化を目指すことができた点に求めることができる。事業中心型組織の公社活動と一線を画したことは慧眼である。
 第3の特徴は,世界の農業者,消費者,学識経験者,学校関係者など,従来の農業生産中心の公社活動では考えられなかった人々とのネットワークの形成である。農業のグローバル化は決して華々しい国際交流活動から生まれるのではなく,地道な活動の積み重ねとローカルに徹してグローバルに発信という基本的な活動から展開するということを,公社活動が実証した点を高く評価すべきであろう。

   

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