実践総合農学会  
 

home  |  お問い合わせ

 

- -  活動案内 - - - - - - - -

    会長の挨拶
    学会の目的
    活動概要
    役員
    出版物
    ニュースレター
   ● 関連リンク

  入会案内

  学会誌のねらいと構成

  学術論文投稿規定

 ● 投稿原稿執筆要領

 ● 投稿票



   

 <農の達人紹介>

  
  
世界の芸術品”驚異の高品質とちおとめ8.5トン取り”の秘密
 

 
 

三上光一氏

 

 

  ■本物のイチゴとの出会い
   東京農業大学の国際バイオビジネス学科には,世界15か国から1学年40人,全体で200人以上の留学生が学んでいる。慣れない異国の地での勉学の支えは,将来への熱い希望と年に1回もしくは2年に1回の帰国である。彼らに”国に帰る時に一番おみやげにしたいものは何?”と聞いたところ,”実際には持って帰れないけど,日本のイチゴや桃を国の家族にいっぱい食べさせたい”と答える学生が多い。”本当に日本のイチゴは甘さと酸っぱさのバランスがよく,色が綺麗で大きくて最高!”と女子留学生は口をそろえていう。
   こうした芸術品ともいうべき,最高級のイチゴ(とちおとめ)を10アールあたり8.5トンもとる農家がいるという。この農家は,その優れた技術に裏付けられた経営を実現したことが評価され,母校東京農大から2000年度の「経営者大賞」を受賞した。この東京農大「経営者大賞」は,14万人の東京農大卒業生の中から特に優れた経営者を表彰するもので,2000年から開始された。厳しい審査の中から第1回の経営者大賞を受賞したのは,一代で日本食研を築いた大沢和彦氏,焼酎業界の最高ブランド”いいちこ”を作り上げた三和酒類会長の西太一郎氏がおり,佐藤四郎氏(日比谷アメニス社長),越部平八郎氏(みかど育種農場),優れた農業経営者として田辺正宜氏(日進温室組合組合長で本学会の設立総会の記念講演者),そしてここで紹介するイチゴ農家の三上光一氏である。
   三上さんに会うべく,栃木県壬生町に向かった。栃木県では昭和30年ごろからイチゴの生産が拡大され,ほぼ20年かけて日本最大のイチゴ生産県となり,その後一貫してその地位を維持している。農産物の場合,連作障害や競合産地の出現で主産地を維持するのはきわめて難しく,産地は移動するのが一般的である。栃木県はどうして販売数量日本一を30年以上も持続できているのか知りたいと思った。
   昔の人間にとって栃木と言えば,”かんぴょう”の産地を思い浮かべてしまう。栃木インターを降りると,関東平野のど真ん中にポツンと置かれ,周りは田んぼがどこまでも続いて方向感覚を失いそうである。道路沿いの家の塀の多くは,栃木県大谷特産の大谷石でできており,塀に囲まれた家に住んだことが無い者にはうらやましくなる。道を尋ねながら何とか三上さんの家に着いた。ここも大谷石の塀である。しかし,ドライブ途中ではここが米の産地であることは実感できたが,正直イチゴ産地であることは実感できなかった。
   その理由は,三上さんの家について初めてわかった。そう,美しくて美味しくて食べた瞬間に人々を幸せにしてくれる赤いイチゴは全てハウスの中に隠れていた。訪れたのは冬の寒い日であったが,ハウスの中はまさに春真っ盛りであり,真っ赤なイチゴがたわわに実をつけ,家族総出で収穫に汗を流していた。いかにも丈夫そうながっしりとした方が三上さんであることが一目でわかった。三上さんの最初の一言は,”どれでもいいから美味しそうなイチゴをまず沢山食べてください”であった。お言葉に甘え,一番大きくて真っ赤なイチゴを早速いただいた。”なんだ,この味は! 今まで食べていたイチゴと全く違う! 本当にうまい。芸術品だ!”。イチゴは女性や子供が食べるものと思っていた私であるが,息つく暇も無く10粒以上のイチゴを夢中でほおばってしまった。
 

  ■とちおとめ8.5トン取りの秘密は平凡だけど実行は大変
   三上さんは昭和44年3月に東京農業大学を卒業し就農した。就農当時の経営はイチゴ(ダナー) 25a、水稲140a、二条大麦140a、セロリとレタス50aであった。その後,秋作レタスとイチゴ経営に特化する。イチゴ経営が軌道に乗るにつれ、イチゴ経営での日本一を目指すという経営目標を立てる。努力が実を結び,早くも30代の昭和59年には栃木県農業経営コンクール知事賞ならびに農林水産大臣賞を受賞する。昭和63年には「女峰」で単収驚異の9.5トンを実現し,目標としていた日本一のイチゴ農家になった。平成7年に「とちおとめ」を近隣農家に先駆けて導入し、翌平成8年にはアインブック(栃木県版ギネスブック)イチゴ単収部門で第1位(8.46t/10a)として認定され、最高水準のイチゴ栽培技術を確立した。
   現在の三上さんの経営耕地面積は210a、水稲作付面積160a、イチゴ53aである。現在,水稲生産は委託作業にだしており,イチゴ経営に専念している。現在の施設面積は,連棟温室3棟・パイプハウス3棟 計53a、育苗施設約10aで,家族労働力は6人(父・母,本人夫婦,息子夫婦の3世代が農業に専従している),雇用労働力2人(季節12〜5月)である。
   三上経営の最大の特徴は,高品質・高収量のイチゴ生産技術にある。その内容をよく聞いてみると,人々がびっくりするような特別な最先端技術を採用しているわけではない。だれでも出来る基本的な技術である。しかし,その基本技術を1年間を通して絶対に手を抜かないで細心の注意を払って実行している。これは,並の人間にはなかなか真似出来ないという実感をもった。
   その技術とは,まず第1が土作りと圃場管理である。イチゴの栽培期間は9か月(11月〜5月)と長いため,イチゴが喜ぶ土をいかに作るかが基本となる。三上さんは,稲わら、麦わら、馬糞を主体として,発酵を促進させるために微生物を加えて堆きゅう肥を生産している。堆きゆう肥の積み込みは7月頃に行い、米ぬかや過リン酸石灰等を加えながら切返しを5回程度行い,イチゴが快適に生育できる栄養条件を整えている。さらに,イチゴが快適に生育できる土壌環境を作るため,栽培終了と同時に株を抜取り、圃場へ水を入れて耕起(代かき)する。その後緑肥として水稲を直播し、約1ヵ月間栽培してすき込む。この間ほ場は湛水状態になり,余分な栄養分は流れてしまうとともに,イチゴの生育に適した土壌が作られる。稲のすき込み後、自家製の堆きゆう肥を10a当たり約5t程度投入する。これによって,30年以上連作しても、連作障害と思われる症状や、肥料の過剰・欠乏症状は全く発生していない。
   イチゴにとって快適な条件を整えたら,次にはその順調な生育を実現するため,水や温度,肥料,病気の予防,受粉などの管理作業をイチゴの顔を見ながら絶対に手抜きしないで実行していく。すなわち,イチゴの顔を見ながらイチゴと対話しながら,今イチゴが一番して欲しい管理作業を進めていくのである。イチゴと話をして,そのイチゴの品種がもっている最大の能力を引き出すようにしていかなければならない。私たちの子育てと似ているが,果たして”三上さんがイチゴを育てるように子育てした”と自信をもって言える人は少ないであろう。
 

  ■周りに活かされ,周りを活かす三上経営
   三上経営は日本を代表する典型的な家族農業経営であり,家族の団結と協力体制がその経営を支えている。しかし,三上経営を支えているのはそれだけではない。三上経営は,農協,試験研究機関,普及機関,そして農林行政に支えられ発展したといってもいい。しかし,三上経営はこうした関係機関も同時に活かしていることを忘れてはならない。
   三上さんは試験場が開発したイチゴの新品種をいち早く導入している。新品種以外にも昭和62年に夜冷育苗と炭酸ガス施用技術を,平成7年には電照技術を,平成11年には養液栽培による立体式のナイアガラ育苗技術を先駆的に導入した。こうした三上さんの積極的な新品種,新技術の導入は,その優れた技術力に基づく関係機関との強いネットワークに支えられている。まさに三上経営は周りに活かされているのである。また,日本有数の技術をもった三上さんに新しく開発した品種や栽培技術の利点や問題点を確認してもらうことは,関係機関にとっても自信を持って技術開発,普及を行えることになる。このことは,三上経営によって関係機関が活かされていることを示すものである。
   日本農業の危機が叫ばれているが,「周りに活かされ,周りを活かす」三上経営の発展の軌跡は,世界と競争していかなければならない日本の農業経営と関係機関の今後の進むべき方向を示唆するものであろう。
 

  ルポ:本誌編集委員長 門間敏幸
   
   
   

Copyright © 2005 SPIA All rights reserved. email to monma@nodai.ac.jp

〒156-8502 東京都世田谷区桜丘1-1-1 東京農業大学総合研究所 実践総合農学会

Tel 03-5477-2734 Fax 03-5477-2734