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-実学の高度化を模索する学会-  Society of Practical Integrated Agricultural Sciences

シンポジウム『農業大変革時代における実学・実践総合農学の方向性』 についての講評

シンポジウム座長 門間敏幸

 

<シンポジウムのねらい>

現在の農業・農村現場を取り巻く状況は大きく変化している。地球温暖化による異常気象、AI・スマート技術が拓く新たな技術革新、さらには予想を大きく上回る農業の担い手の急激な減少と農業・農村人口の減少、農業法人等企業的農業経営者の増加、外国人を含めた新たな労働力の重要性の高まり等、農業大変革時代とも呼べる状況が生まれている。こうした状況の中で、実践総合農学(実学)を志向する本学会の役割はますます重要になってきている。

そのため、「農業大変革時代における実学とは何か」という根源的な問いかけの下で今後の学会活動の方向を多方面から考え、農業・農村問題の解決を目指す実学・実践総合農学の将来の在り方を示す羅針盤の提供を目指して、本シンポジウムを企画した。

本シンポジウムでは、実学、実践総合農学を自ら実践している研究者に登壇いただき、その研究課題の発想・研究を実践する上での工夫と課題、そして研究成果の社会実装という視点から自らの取り組みを報告していただいた。

 

<報告内容の概要>

友田先生による第1講演「近代日本農学のパイオニア・横井時敬の実学思想-その原点・誕生・展開-」(原稿スライドファイルを指示する)は、近代農学のパイオニアであり、東京農業大学の初代学長である横井時敬が提起した実学の原点である熊本洋学校時代の勉学の内容、駒場農学校と卒業後の福岡農学校の教師時代に開発した「塩水選種法」の普及、農商務省時代の農業教育発展への貢献、その後の農政ジャーナリストとしての足尾銅山鉱毒問題への取り組み、帝国大学農科大学教授時代の栽培学、農業経済学に関する業績、明治農法確立への貢献が整理されている。このように多方面で活躍した横井時敬の実学の原点には「農学栄えて、農業滅ぶ」という強烈な問題意識があったことが良く知られている。この強烈な問題意識は、農家の育成が国家の健全な発展の礎であるという農本主義の思想の重要な柱となった。友田報告では、1)横井実学の原点、2)横井実学の誕生、3)横井実学の展開の順に検討を加え、最後に、横井実学の根底にあるものは何か、またその限界とは何であったかについて、整理している。友田先生は、「農学栄えて、農業亡ぶ」という横井の警句は、横井実学の真価を示す言葉であり、それは横井小楠の実学に見られた「時代の現実と血を流して切り結ぶ」ことの必要性の訴えと通じるものであり、これこそが横井実学の根底にあるものであり、かつ自身の学に対する戒めでもあったと評価されている。

また、横井は明治人の典型であり、強烈な国家意識の持ち主であり、「農家五訓」のうちの五訓目「農民たるものは国民の模範的階級たるべきものと心得、武士道の相続者を以て自ら任じ、自重の心掛、肝要の事」に繋がると主張するとともに、「農本主義」の代表的な論客であった。その背景には、農業恐慌、東北大凶作等による農村疲弊があり、農業の復興の重要性を強く意識していたと評価している。

 

大谷先生による第2講演「水稲乾田直播技術の開発端緒と技術普及」(原稿スライドファイルを指示する)では、北海道農業試験場での乾田直播研究のスタート、東北農業試験場での農家と一体となって乾田直播技術を開発して普及していた時に東日本大震災が発生した。特に大きな津波被害を受けた宮城県沿岸部で震災後数年で誕生した大規模水田作経営を支える超省力稲作技術の開発が急務となった。大谷先生は、麦作並みの労働時間、移植並みの収量の確保、30%の費用削減という大きな研究目標を立て、乾田直播技術の体系を開発し、被災地の大区画圃場で普及を開始した。その後、乾田直播-麦-大豆の2年3作の輪作体系の確立に挑戦し、普及面積を拡大していった。現在全国で4,000haを超える普及面積に達している。大谷先生の報告から、開発技術の普及で出会う様々な問題を多くの研究者の協力を得ながら解決するとともに、開発した技術の普及にあたっては普及組織・JAなどと連携して現場における巡回指導を繰り返して実施するとともに、「乾田直播栽培技術マニュアル」の完成、各種のセミナー、シンポジウムやフォーラムを繰り返し、技術の普及を加速していったことがわかる。

一つの開発技術が営農現場で普及していくために開発の当事者である研究者が現場でどのように活動してきたか、またいかに多くの関係者の協力が必要であるかが実感できる報告であった。

 

関口さんによる第3講演「サツマイモ基腐病を克服するための総合的な防除体系の開発と普及」(原稿スライドファイルを指示する)は、2018年に発生が確認されてから、九州のさつまいも産地で急激に増加し、産地の消滅が危惧された「さつまいも基腐病」をどのように防いで、産地の危機を乗り越えてきたか、主として技術開発の現場の取り組みを報告したものである。基腐病の対策の基本は、単に病気に対する抵抗性のある品種を育成して普及するだけでなく、農研機構のプロジェクトチームと基腐病の被害が発生した各県が連携して、総合的な防止対策を展開したことにあった。その対策は、「3ない対策」と呼ばれ、「持ち込まない(健全な苗・種イモの使用)」「増やさない(抵抗性品種の導入、排水対策、適用できる農薬の拡大)」「残さない(残渣を残さない)」ための生産者・研究者・普及組織が一体となった総合的な取り組みである点に特徴がある。こうした取り組みを確実に行うために、マニュアルを作成して防除情報を提供して徹底指導したことが、比較的短期間で基腐病を抑え込めた要因であった。迅速な問題解決技術の開発と普及の仕組みづくりを学ぶことができる報告であった。

 

山田先生による第4講演「途上国農村開発と実践総合農学ーベトナムとモザンビークの事例に基づいてー」(原稿スライドファイルを指示する)は、経営研究者である山田先生が、海外において技術研究者と一体となって取り組んできた途上国の農業・農村開発に関する取り組みを紹介している。山田先生は、現代農学の問題点を、①技術と経営の結びつきが不十分であること、②研究から開発への一貫性が弱い事、③専門分野内の総合性が弱い、という3つにあることを指摘している。特に途上国での農業・農村開発では、以上の3つの問題の克服が重要であることを強調している。ここでは、以上の問題意識に基づいてベトナムとモザンビークでのプロジェクトで取り組んだ実践的研究の成果が紹介された。具体的にはベトナムでのバイオガスダイジェスターの改良と普及、モザンビークにおける農作業日記の記帳による農業経営者の能力形成の取り組み等が紹介された。また、こうした実践的な技術開発と普及を支えたのがファーミングシステム研究であることを強調された。

FSRE(ファーミングシステムズ・アプローチ、正式名称はFarming Systems Research and Extension)は、第1段階としての診断、次の設計段階(事前技術評価と技術選択の段階)、さらには、農家試験とその評価(経営経済的評価)を一体的に実施するところに最大の特徴がある。その背景にある哲学は、実学主義と重なっており、ファーミングシステム研究の三要素である問題解決志向性、総合性、および現場性が重要であることを指摘された。

 

<質疑討論の概要>

質疑討論は、報告者に対する技術開発の発想、問題解決の方法、社会実装のための仕組みづくりに関して主に質問がおこなわれ、それらの回答に基づいて問題解決型の実践総合農学構築の方向、学会の役割等について意見交換が行われた。

友田先生には、横井時敬は「農学栄えて、農業滅ぶ」という警世の言葉を残しているが、横井が捉えていた農学とは一体どのようなものだったのか。さらに、横井は優れた教育者で多くの人材を育てているが、教育者としての特徴はどのようなところにあったのかという質問が行われた。これに対して友田先生は、横井農学は「塩水選種法」の開発に見られるように、現場から問題を拾い上げ、その解決法を科学的に解明するという研究姿勢を貫いており、西洋農学の方法を農業現場の実態を無視して教科書的に導入することの問題を指摘したのではないかと評価された。また、教育者横井の真骨頂は、農業問題に対する深い洞察力と危機感、問題解決に対する強い使命感にあったと述べている。

大谷先生には、1)水稲の乾田直播の発想の原点はいつか、2)乾田直播技術を開発するにあたって、一番難しかった課題と移植並みの収量が確保できるようになった最大の要因はどこにあったのか、3)乾田直播が急速に普及できた要因について質問が行われた。これに対して大谷先生の回答は、次のようなものであった。1)乾田直播の発想は、若い時に赴任した北海道農業試験場で稲作研究を始めた時に生まれ、その後転勤した東北農業試験場で大規模圃場を利用して稲作の直播研究に挑戦したことが端緒となったこと、2)乾田直播では雑草防除が大きな課題となったが、優れた除草剤が開発され、その有効利用技術を開発したことが大きかったこと、また移植並み収量の実現には、発芽苗立・水管理・施肥技術など様々な技術の開発があったこと、3)乾田直播技術が普及した背景には花巻市の大規模水田作農家がこの技術に着目してくれて実証試験を行ってくれたこと、東日本大震災で誕生した大規模農家がこの技術を採用してくれたこと、さらには普及組織がこの技術に着目して一緒に普及してくれたことなどが大きな要因であったことを指摘された。

関口さんには、1)基腐病の防除は様々な技術の総合化と関係者一体となった努力で防止できたと思うが、特にキーとなった技術は無かったのか、2)病気の種イモ、苗を持ち込まない、病気を増やさない、感染源を圃場に残さないという「3ない運動」は、かなり地道な活動の積み重ねで成り立っていると思うが、生産者の対応はどうだったのか、3)マニュアルを作成して配布しているが、マニュアルの効果をどのように判断しているか、といった質問が行われた。これに対して関口さんからは、次の回答があった。1)キーテクについては、やはり抵抗性品種の開発が大きかったが、決してそれだけでは完全な防除は難しく、2)「3ない運動」による総合的な防除が大切であったこと、3)マニュアルについては、基本的なものは農研機構が開発したが、地域の特性に応じて地域ごとのマニュアルが作成されたことが有効であった、という回答があった。

山田先生には、1)海外で技術開発・普及を行う場合と、日本国内で行う場合の違い、さらには途上国の研究者や普及員、さらにはリーダー的な農家との関係構築の方法、2)途上国で普及する技術の特徴、3)ファーミングシステム研究とは何か、という質問が行われた。これに対して山田先生からは、1)海外で技術普及を行う場合、現地の研究者、普及指導者、リーダー農家との連携が重要であること、関係構築のためには彼等の指導方法を良く知ること、要望をよく聞いて対応する事、何度も現地に足を運ぶことが重要であることが指摘された、2)途上国で普及する技術とは簡便であること、お金がかからない事、地域の特性に対応した技術であることが重要であること、3)ファーミングシステム研究は、経営体や地域が抱えている問題の診断、診断に応じた処方箋の整理、処方箋実施効果の事前評価、処方箋の実践・評価・改善を持続的かつ科学的に行うところに特徴があるという回答があった。

時間的な制約から座長のまとめが出来なかったが、今回のシンポジウムの報告、意見交換を通じて座長が感じた実践総合農学の構築に向けた課題を3つ整理してまとめとしたい。

その1は、問題発見の方法である。横井時敬が開発した「塩水選種法」、さつまいも基腐病の防除に対する取り組み、山田先生が実践した海外における問題解決型技術の開発普及は、営農現場で発生している深刻な問題を迅速かつ科学的に解決するために行った技術開発・普及の事例である。まさに「農のことは農民に聞け」の精神であるが、「解決方法は科学の力に聞け」の精神であると言えよう。一方、大谷さんが開発した「乾田直播」技術は、明確な技術開発目標に従って、研究者の視点で行われた研究であり、世の中の動きを見とおした研究者視点の研究成果である。実践総合農学は、「農のことは農民に聞け」という研究スタイルとともに、先を見据えた研究者の発想を重視した「解決方法は科学の力に聞け」というスタイルがあることを重視すべきである。

その2は、一つの重要な技術が開発され、それが営農現場で普及していくためにはキーテクノロジーとそれを活かす多様な支援テクノロジーの開発が必要であり、そのためには多くの研究者との連携、農家との連携、普及組織やJA等の関連組織、さらには企業との連携が重要である。こうした連携の成果を結実させるためには、競争的研究資金の獲得、研究成果の社会実装を後押しするスタートアップ支援等の取り組みが重要である。

その3は、若い研究者や学生が問題解決型の研究に挑戦できる仕組みづくりが重要である。そのためには、研究の面白さ、研究による社会貢献の意義、仲間と研究することの楽しさと人的関係のネットワークづくりなどの場面を創出できる学会活動に若い研究者や学生が積極的に参加できるようにすることが大切である。