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-実学の高度化を模索する学会-  Society of Practical Integrated Agricultural Sciences

7.19シンポジウム「地域資源活用による持続的有機・総合農業の技術開発・経営展開の方向」に関する講演内容と質疑討論の紹介

 2024年7月19日(金)14:00~17:45に、東京農業大学横井講堂にて実践総合農学会と東北地域農林水産・食品ハイテク研究会の共催で、シンポジウム「地域資源活用による持続的有機・総合農業の技術開発・経営展開の方向」を開催した。
 本シンポジウムは、地域に賦存する資源を有効に活用し、生産性と持続性さらには多様な労働力の活用ができる有機的・総合的な農業の姿を明確にし、技術開発の方向性、経営展開の方向性、地域資源活用のあり方を明確にして、日本農業・農村の持続的発展の方向を明らかにすることを目指して対面とOnlineのハイブリッド形式で実施した。

 実践総合農学会会長であり、東北ハイテク研究会事務局長である門間のシンポジウムの趣旨説明の後、以下の講演が行われたので、その概要を紹介する。講演の詳細については、実践総合農学会のHPに掲載してある講演ファイルをダウンロードしてご覧ください。

基調講演:国内産肥料資源を活用した有機物活用型農業へのチャレンジ
     -「土づくり」から「健康な土づくり」へ- 
      後藤 逸男(東京農業大学名誉教授)

 基調講演では、「健康な土づくり」に関する後藤先生の長年の研究成果を体系的に紹介いただいた。特に土づくりの視点からは、有機質や堆肥が重要であるが、有機一辺倒では土地の栄養バランスが保てないこと、特にリンやカリが過剰になり、作物の病気や栄養バランスが崩れることを土壌分析データで示して説明された。さらに、堆肥に含まれるカドミウムや土壌中の硝酸態窒素の蓄積などの問題も指摘された。また、家畜糞堆肥では、完熟化するほどアンモニアガスとして揮散するので窒素が効かなくり、窒素不足となることなどが指摘された。 
 後藤先生はこうした分析結果を示しながら、以下の貴重な提言を行った。

 ①家畜糞堆肥を「肥やし」として活用すれば、土壌物理性+化学性+生物性を改善しながら肥料代も削減できる。
 ②家畜糞堆肥と併用する窒素単肥を削減するにはれんげ等の緑肥が有効であること。
 ③肥料資源に乏しいわが国では、肥料自給率を高めることが重要であり、家畜糞尿、下水汚泥、生ごみ等を適切に分別して肥料資源化すること、微量要素資源としての転炉スラグ、溶解スラグの有効活用が大切である。  
 ④「健康な土づくり」の基本は、土壌診断に基づいた施肥管理であること。

講演1:スマート農業×有機農業で労働力減と資材コスト減を両立する
    佐藤 拓郎(株式会社 アグリーンハート代表取締役)

 佐藤さんの報告では、スマート農業と有機農業を統合して投入労働量と資材投入量の削減を目指すというユニークな実践を紹介している。佐藤さんが経営する株式会社アグリーンハートは、青森県黒石市で74haの経営規模で、有機栽培面積53ha(米14ha、大豆39ha)、減農薬栽培21ha(米)の経営を実践している。その経営の基本理念は、「有機農業×休耕地再生×障がい者雇用×CSA」で農業、未来の人財育成を目指している。

 スマート農業の基本は、安価で自作できるスモールスマート技術であり、水位、温度などの自作センサーの開発等、センシング技術を有効に活用している。有機農業の基本は労働力減+資材コスト削減におかれており、①菌や生物を活用したほぼ無除草有機栽培、②4cm浅耕で微生物バイオマス農法、③地域内未利用資源の活用で低コスト、④大豆と水稲の輪作でかんたん有機栽培、を実践している。最大の有機栽培面積を実践している大豆栽培では、7月28日播種の晩播狭畦密植栽培を取り入れ、中耕除草作業をなくし、播種したら収獲までやることなしの超省力栽培を実践している。また、播種量を多くすることで高い収量を実現している。さらに、大豆と水稲の輪作で簡単有機栽培を実践。その基本技術は、以下のように整理されている。①大豆は根粒菌で窒素固定、②2年大豆を生産したあとは無肥料で1年間水稲を生産、③好気2年、嫌気1年で抑草、④“有機転換期間中”を大豆で乗り切る、⑤大豆の交付金を利用するので安定経営、⑥大豆の労働投入量は水稲の3分の1、⑦硬盤を壊さないダイス栽培を実践。
 水稲については、大豆作後の紙マルチ式田植え機による有機栽培を実践し、肥料代0円、農薬代0円、除草作業なし、収量400kgを実現。

 

講演2:健康な土づくり-病虫害と対策-
    橋本 力男(有機栽培農家) 

 橋本さんは、1975 年に「複合汚染、沈黙の春、奇形猿問題」を知り有機栽培を始めた。以来、一貫して試行錯誤しながら有機栽培に取り組んできた。特にいかにして農薬を使わないで病虫害を防ぐか、雑草をいかにコントロールするか、という困難な問題に様々な試みを行いながら独自の有機栽培技術を作り上げてきた。特に病虫害の原因は有機物による「土壌の腐敗」にある。土壌の腐敗を防ぐため、野山の有機物の循環を参考に生物多様性を取り入れ、次の3つの課題に取り組み、解決方法を工夫した。

 課題1: 畑の水は腐敗している
 課題2:土壌の空隙が少なく排水が悪い
 課題3:土壌微生物の多様性が失われている。 

課題1への対応-畑の水をきれいにする

対策1・・・ 雑草・野菜残差・緑肥・乾燥鶏糞・米ヌカなどの有機物などは深くすき込まない。雑草、野菜残差や緑肥などの有機物は表層5cmで浅耕して、好気性分解を進め、これらを3回繰り返してから、深耕にする。
対策2・・・ 完熟堆肥にして施用する。
対策3・・・ 不耕起にする・草生栽培

課題2への対応-空隙量と水はけの改善
 対策1・・・・高畝・明渠をする
 対策2・・・・団粒構造を高める。堆肥・緑肥による。
 対策3・・・・直根性牧草セスバニアを栽培して、透水性を改善する。

課題3への対応-土壌微生物の多様性を確保
 対策1・・・・野菜の輪作
 対策2・・・・緑肥作物の利用(イネ科とマメ科など)
  夏季・・・ソルゴー・セスバニア・クロタラリア
  冬季・・・ライ麦・エン麦・ホワイトクローバー
       フェアリーベッチ・クリムソンクローバー
 対策3・・・・完熟堆肥の施用
 さらに、橋本さんは堆肥の種類と特徴を体系的に整理し、その作り方を整理している。具体的には、以下の堆肥の造り方を実践例に基づいて詳しく説明しており、おおいに参考になる。

①高品質モミガラ堆肥の造り方
②土ボカシの造り方
③落葉堆肥の造り方(腐葉土)
④草質堆肥の造り方
⑤改良牛フン堆肥の造り方
⑥木質堆肥の造り方
⑦床材の造り方(生ごみ・野菜くずの発酵処理)
 また、堆肥については、外部施用から内部循環への転換が重要であることを強調された。

講演3:世界の農業分野における気候変動緩和技術の開発状況を知る
    ルハタイオパット プウォンケオ
     (農研機構 中日本農業研究センター主任研究員)

ルハタイオパットさんは、気候変動の原因となる温室効果ガスの排出削減と吸収対策に関する世界中の研究成果を集約し、研究の現状、世界の研究のフロントランナーの明確化、わが国の研究の現状を評価してくれた。
 その結果、下のスライドに整理したように、7つの排出区分と排出メカニズムが整理された。特に家畜の消化管発酵(メタン)、農用地への家畜排せつ物と化学肥料の施用(一酸化二窒素)の排出量が大きいことがわかる。家畜消化管内発酵由来メタンの排出削減技術の開発については、アメリカ、オーストラリア、中国、カナダなどの畜産国が研究をリードしていることが整理された。
 また、開発された気候変動緩和技術の普及拡大・製品化に当たっては様々な課題が存在しており、技術導入の動機付けおよび経済性の確保に向けて、官民一体で取り組む体制づくりが重要であることが指摘された。

講演4:アグロエコロジーによる持続可能な食料システムの探求
    宮浦 理恵(東京農業大学 教授)

 宮浦教授は自らが訳者となっているカリフォルニア大学サンタクルーズ校のスティーブ・グリースマンが体系的に取りまとめた大著『アグロエコロジー:持続可能なフードシステムの生態学』の特徴を整理して報告された。

 アグロエコロジー(農生態学)とは、持続可能な農業と食料システムの設計と管理に、生態学的・社会的概念と原則を同時に適用する、全体的かつ統合的なアプローチである。植物、動物、人間、環境間の相互作用を最適化することを目指すと同時に、人々が何を食べるか、どこでどのように生産されるかを選択できる社会的に公平な食料システムの必要性にも取り組んでいる。また、アグロエコロジーは、科学であると同時に一連の実践であり、社会運動でもある。ここ数十年の間に概念として発展し、畑や農場に焦点を当てたものから、農業や食料システム全体を包含するものへと範囲を広げた。現在では、生産から消費に至るまで、食料システムの生態学的、社会文化的、技術的、経済的、政治的側面を含む学際的な研究分野となっている。

 持続可能な農業と食料システムに向けたアグロエコロジーの移行において、不可欠な構成要素、重要な相互作用、創発特性、そして望ましい実現条件として上のスライドのように 10 の要素が整理されている。この 10 の要素は、農生態学的移行の計画、実施、管理、評価を行う際に、実践者やその他のステークホルダーによる意思決定を促進する有用な分析ツールとなる。さらにアグロエコロジー移行における13の原則と、持続可能なフードシステムへの転換の5つのレベルが整理され、段階的な到達目標が以下のように提起されている。

<総合討議>
 講演に続き、後藤 一寿(農研機構 NARO開発戦略センター 副センター長)の司会でパネルディスカッションが行われた。議論の中心は、有機農業の展開における土づくりの重要性、堆肥利用における化学肥料を使用することの意義、堆肥の正しい作り方と施用法などであった。また、宮浦教授が紹介したアグロエコロジー概念に関しても、その重要性を高く評価し、如何にその考え方を実践していくかについて議論が行われ、実践総合農学の重要な研究テーマであることが指摘された。

参加者(申込者)は、会場参加者32名、Online113名であった。
本シンポジウムの講演資料は、実践総合農学会のHPからダウンロードできる。
URL:https://spia.jp/